朝霞の歴史
中世 12〜16世紀江戸 1603〜1868

膝折宿 ― 川越街道の宿場だったころ

江戸と川越を結ぶ道の途中で

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朝霞市膝折町を歩くと、ゆるやかに曲がる細い道に出ます。それが旧川越街道です。かつてここに、宿場町がありました。

川越街道と、そのなかの膝折

川越街道は、江戸(中山道・板橋宿)と川越城下を結ぶ街道です。川越藩の参勤交代の道であり、江戸へ野菜を運ぶ道でもありました。

膝折宿は、白子宿(現在の和光市)と大和田宿(現在の新座市)のあいだに置かれた宿場です。人と馬を次の宿場へ継ぎ送る「継立(つぎたて)」を担い、旅人が休む場所でもありました。

「膝折」という名の由来

この地名の由来として、ふたつの言い伝えがあります。

ひとつは、馬の伝説です。追われて逃げてきた武将の馬が、この地で力尽き、膝を折って倒れた ― そこから「膝折」と呼ばれるようになった、というものです。

もうひとつは、落ち延びてきた人々がこの地を開墾したという伝承です。江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』にも、こうした言い伝えが記されているとされます。

いずれも伝承であり、どちらが正しいと確かめられているわけではありません。地名の由来とは、たいていそういうものです。

伝承の扱いについて

このページでは、言い伝えを「事実」としては書いていません。地元に語り継がれてきた話として紹介しています。原典にあたった記述は、確認でき次第あらためて追記します。

宿場を支えた人びとの負担

宿場は、にぎわいだけの場所ではありませんでした。

参勤交代の行列や物資の輸送があるたび、宿場は人足と馬を出さなければなりません。宿場だけでは足りず、周辺の村々にも「助郷(すけごう)」として負担が課されました。

この負担は重く、周辺の村との間でたびたび争いのもとにもなったと伝えられています。街道のにぎわいの裏には、それを支える人びとの労苦がありました。

いま残っているもの

旧川越街道は、いまも膝折町を通る道として残っています。

街道沿いには、江戸期の建築と伝えられる建物や、古い社寺が点在します。ゆるやかな坂と、まっすぐでない道すじ。それ自体が、宿場町だった時代の名残です。

歩いてみると、20分ほどの短い区間です。けれども、そこが200年以上前に旅人が歩いた道だと思うと、少し見え方が変わります。

むかしと、いま

同じ場所が、いまはどうなっているか。

むかし

膝折宿(江戸時代)

いま

朝霞市膝折町 旧川越街道沿い

道すじそのものが、当時の面影を残しています。

むかし

街道沿いを流れた用水と水車

いま

暗渠化・整備された市街地

水車は明治以降、地場産業の動力として使われました。

むかし

助郷を担った周辺の村々(岡・根岸・台など)

いま

朝霞市岡・根岸台・溝沼などの町名

歩いてみる

朝霞駅から旧川越街道に入り、膝折町の宿場跡を歩いて黒目川に出るコース。

約2km / 徒歩40分ほど

この記事に出てくる場所

実際に行ける場所には、地図へのリンクがあります。

旧川越街道(膝折町区間)

埼玉県朝霞市膝折町

宿場町時代の道すじがそのまま残る区間です。

膝折市民センター・ひざおり児童館

埼玉県朝霞市膝折町

2009(平成21)年11月開館。地名を今に伝える施設です。

この記事に関わる年表

  1. 中世 出典確認中

    太田道灌が「膝折」に着陣したと伝わる

    室町時代の武将・太田道灌が、豊島氏を攻めるため膝折の地に陣を置いたという記録が伝えられています。中世にはすでに交通の要地として知られていたことを示すものとされます。

  2. 江戸 出典確認中

    川越街道が整備され、膝折宿が置かれる

    江戸(中山道・板橋宿)と川越城下を結ぶ川越街道が整備され、膝折はその宿場のひとつとなりました。白子宿(現・和光市)と大和田宿(現・新座市)の間に位置します。

  3. 明治・大正 出典確認中

    町村制施行により膝折村が発足

    膝折・溝沼・岡・台・根岸の各村が合併し、新座郡膝折村が誕生しました。現在の朝霞市の原型にあたります。

出典と、調査中のこと

参考にした資料

  • 『朝霞市史』(朝霞市)朝霞市立図書館・朝霞市博物館で閲覧できます。市制施行前の記述は、順次この一次資料で確認を進めています。
  • 朝霞市博物館常設展示で、原始から現代までの朝霞の歩みを見ることができます。
  • 『新編武蔵風土記稿』江戸時代後期の地誌。膝折村の記述について、原典の確認を進めています。

まだ裏が取れていないこと

  • 宿場の規模(家数・人口・伝馬数)の一次資料での確認
  • 本陣・脇本陣を務めた家と、その建物の現況
  • 太田道灌の着陣に関する記録の出典
  • 助郷を課された村の範囲

これらは『朝霞市史』などの一次資料で確認を進めています。 確認できしだい、この記事を更新します。ご存じの方は、下のフォームからお知らせいただけると助かります。

昔の朝霞を、教えてください

このページは、資料を調べながら少しずつ書いています。 「ここは違う」「昔はこうだった」というお話があれば、ぜひお寄せください。 対象:膝折宿 ― 川越街道の宿場だったころ

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