町の名になったゴルフ場が、接収される
1932(昭和7)年、東京ゴルフ倶楽部の移転を機に、膝折町は朝霞町となりました。
ところが1930年代後半、この一帯は陸軍に接収されます。ゴルフ場の跡地を含む広大な土地に、陸軍予科士官学校が移転してきました。
町の名の由来となった施設が、町の名が決まってから数年で失われたことになります。
「振武台」と名づけられて
陸軍予科士官学校が置かれたこの地は、「振武台(しんぶだい)」と呼ばれるようになりました。
全国から集められた若い生徒が、ここで学びました。朝霞のまちは、学校と、そこに関わる人びとを中心に動くようになっていきます。
いま、その場所は
戦後、この地は連合国軍に接収され、キャンプ・ドレイクとなります。返還を経て、現在は陸上自衛隊朝霞駐屯地などが置かれています。
駐屯地内には振武台記念館があり、当時の資料が保存されています。
2021(令和3)年、この場所は東京オリンピック・パラリンピックの射撃競技会場となりました。ゴルフ場から、士官学校へ。基地から、自衛隊駐屯地へ。そしてオリンピックの舞台へ。ひとつの土地が、100年足らずの間にこれだけの名前を持ちました。