ふるさと朝霞の歴史(6)武蔵武士と板碑
これは2020年3月に朝霞市が出したお知らせです。 日程や金額、制度の内容はその後変わっている場合があります。 いまの情報は下の出典リンクからご確認ください。
朝霞市のウェブ連載「ふるさと朝霞の歴史」第6回。鎌倉時代から室町時代にかけて朝霞を拠点とした武士たちと、市内に残る板碑・鉄仏・城跡を紹介する歴史コラムです。
朝霞の歴史や市内の文化財に関心がある人
武蔵武士と板碑と呼ばれる、鎌倉・室町時代に朝霞周辺で活動した武士の足跡を紹介する内容です。
市内には次のような遺物・遺跡が残っています。
・根岸台の台雲寺に伝わる鎌倉時代の鉄仏(阿弥陀如来立像)は朝霞市指定有形文化財。
・鎌倉〜室町時代に作られた板石塔婆(板碑)が岡の東圓寺や膝折町の一乗院などに残り、市内全域でおよそ800基ある。埼玉県指定有形文化財。
・黒目川を臨む舌状台地にある「岡の城山」は室町時代の城跡で、太田氏に関係するとの伝承があり、空堀や土塁が現在も残る。埼玉県選定重要遺跡。
・室町時代の紀行文「廻国雑記」に「膝折の市」という記述があり、当時すでに人の行き交う道や市が開かれる場所があったことがわかる。
武士団は9〜10世紀に東国で誕生し、鎌倉時代には御家人として領地を守るため「一所懸命」に働くとともに、仏教を信仰して仏像や板碑を残しました。室町時代には応仁の乱をきっかけに戦乱が広がり、武士は各地に城や館を築きました。朝霞を拠点とした武士個人の名は、はっきりとはわかっていません。
このメモは、朝霞市公式サイトの発表内容をもとに作成しています。詳細・最新の正確な情報は市公式ページでご確認ください。
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