ふるさと朝霞の歴史(3)古墳が築かれた頃
これは2020年3月に朝霞市が出したお知らせです。 日程や金額、制度の内容はその後変わっている場合があります。 いまの情報は下の出典リンクからご確認ください。
「ふるさと朝霞の歴史」シリーズ第3回。古墳時代に朝霞市内の岡・根岸台・浜崎に築かれた柊塚古墳・一夜塚古墳・八塚古墳を紹介するページで、柊塚古墳は「柊塚古墳歴史広場」として整備され身近に見学できます。
朝霞市の歴史や古墳に関心がある人向けの読み物です。
4世紀頃、各地の集落が結びついてクニへと発展し、力を持った指導者が土を高く盛った古墳を築くようになりました。古墳には家や馬、人物などをかたどった埴輪が飾られ、鏡や馬具などの貴重品とともに埋葬されました。
朝霞市内では岡・根岸台・浜崎に古墳が築かれています。
柊塚古墳は6世紀前半の築造と推定され、これまでに埋葬施設2基のほか家形・馬形・円筒の埴輪が出土しています。埼玉県指定史跡で、「柊塚古墳歴史広場」として整備されており、身近に見学できます。
一夜塚古墳は現在の朝霞第二小学校の敷地内にあった古墳です。昭和の初め頃まで墳丘が残っていましたが、学童疎開児童の増加に伴う校地拡張のため、昭和18年(1943年)に取り壊されました。その際出土した鏡や武具は「一夜塚古墳出土遺物」として朝霞市指定有形文化財に指定されています。
八塚古墳は横穴式石室を持っていたとされています。
このメモは、朝霞市公式サイトの発表内容をもとに作成しています。詳細・最新の正確な情報は市公式ページでご確認ください。
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